ある生臭坊主の生態と、死と、その後

私が大学4年の秋、母親が死んだ。享年53歳、乳がんだった。

私の父親は8人兄弟の3男坊で、我が家は田舎でよく言うところの本家に対する「分家」というやつなのだけれど、分家の人間にとって、家族に人死にが出た場合の悩ましい問題の最たるものが「墓をどうするか」ということだ。普通、分家の人間は本家の墓に入ることはできない。
当然の如くというかなんというか、母親が53歳で急に死ぬなんて父子ともども夢にも思っていなかったものだから、葬儀をあげる菩提寺も、ましてや墓地の用意なんてものもあるわけがなかった。それでも、医者からそろそろ覚悟するように宣告を受けた頃には、親戚のつてを頼って菩提寺と墓地を見つけることができた。

墓地探しや葬儀の手配、近いうちに遺品となるであろう様々なものの整理といった作業は、感傷と現実のはざまで家族を苦しめる。私もそれなりに頑張ったが、当時父親が味わった疲労と苦悩は今もって計り知れない。泣き崩れてどうしようもなかった父親に代わって、私が喪主挨拶をしたくらいなのだから。

そういうわけで、親戚の協力を仰ぎつつ葬儀・納骨・初七日・四十九日を順次執り行い、我が家には徐々に日常が戻り……と、ここまで感傷的な文章を綴ってきたが、落語で言うところのマクラはこれでお終い。そろそろ罵詈雑言まみれの本題で皆様のご機嫌を伺いたい。

ある生臭坊主の生態

この世におぎゃあと生を受けてから、まともな坊さんに行き当たったことがない。我が家の新たな菩提寺となった寺の住職も、ご多分にもれずアレなオッサンだった。

風貌

身長180cm超の堂々たる体躯。似ている有名人といえば、ストロング金剛あたりだろうか。一見タレ目の柔和そうな風貌だが、目の奥が笑っていない。まとっている雰囲気は、老獪な地方議会の超ベテラン議員か、ヤの付く自由業のなかでもヒエラルキーの高い御仁か、といったところ。
「人を見た目で判断してはいけない」と学校で習った読者諸兄も多いだろう。反面、「人は第一印象が全て」ともよく言われる。この住職に関しては後者に当てはまる人物だった。その行状は以下の項目を参照頂きたい。

墓石屋との癒着

どの寺にもあることなのかもしれないけれど、この寺の墓地に墓石を建てる際の業者はたったの一社しか認められていない。墓石屋から住職へのキックバックが発生していることは確定的に明らか。
ちなみに墓石のお値段は最もお安いもので150万円から。よく新聞の折り込み広告に載っている、一番安い墓石の約3倍。どんだけ石屋から金貰ってたんだ、クソ坊主。

過酷な集金と狭い了見

ある日、「本堂を新築するから檀家は一件あたり80万円出してね。ただし一括で」という、お願いという名の脅迫状が各檀家に届いた。これにはほとんどの檀家が疑問を呈し、とりわけ檀家総代が強い反対を表明した。
住職はそれを恨みに思い、その檀家総代が亡くなった際には戒名をつけることを断ったという。さすがにそれでは不憫だと思った有力な檀家連中が頭を下げ、結局は通常よりも高額な料金で戒名をつけたそうだ。この、宗教家にあるまじき狭い了見はどうなのよ。一周回ってむしろ尊敬の念を抱かせる。
ちなみに我が家はプアーゆえ、一括80万の支払いなどとても不可能だった。一時は菩提寺を変えることも考えたが、この寺を紹介してくれた親戚の手前、分割払いで手を打った。

住職の趣味は鳩レースだったようだ。それ自体は正当な趣味だと思う。人間が住んでも差し支えないような、ていうかこの鳩小屋に住ませろウチより豪華じゃねぇかと言いたくなるような鳩小屋を建てたとしても、それが住職のポケットマネー由来のものならば檀家だって何も言わない。
ただ、この総2階建ての極めて豪奢な鳩小屋が、本堂新築の名目で集められた浄財の一部を財源としたものだとしたらどうだろう?
住職は財源の流用を否定していたようだが……真相は闇の中。

「金払いが悪いと仏罰が当たる」と平気でのたまう

母親の13回忌の時に頂戴した、住職のありがたい講話を以下に記す。

「本堂新築の際、◯◯さん(檀家のなかでもとりわけ金回りのいいオッサン)は真っ先にピン札で持ってきて下さいました。それにひきかえ、△△さん(有力な檀家だが、本堂新築反対派)は封筒に入ったお金を私にぶん投げて寄越した。その一ヶ月後くらいでしょうか、△△さんはコンバインに右腕を巻き込まれて片腕になってしまいました。御仏はそのようなことも見ていらっしゃるんですね。仏罰というものは、あるんです」

どうよ。これを人の母親の13回忌で言ってしまえる神経って一体。このクソ坊主が語るところの教義によると、金払いが悪いと仏罰が当たるんだそうだ。本堂改築の集金を一括で払えなかった我が家に対する当て付けなのだろう。

 更には、こんなことまで言っていた。

「私は3年前にガンを患いましたが、御仏の思し召しで今はすっかり元気です。正しい心で御仏に仕えることで、健やかに過ごしています」

うちの母親がガンで死んだことを知った上での一言だったのだろうか。もしそうだとしたらあまりにもタチが悪い。率直に言って、母親と私はそれほど仲が良くなかった。母親の死に対する感情は、父親が抱いたそれに比べればずっと希薄で、淡白なものだという自覚がある。それでも、このクソ坊主に母親の骨と灰を預けるのはどうなのか……という強い思いを抱いた。

この、相当に怒りを覚えた出来事からそれほど経たないうちに、思いがけず私の溜飲は下がることになる。

ある生臭坊主の死と、その後

どんなに栄華を極めた人物にも、惨めな生涯を送った人物にも、死は平等に訪れる。どうせ誰もが死ぬ。死ねば終わり。諸行は無常。

そういうわけで文脈からご推察の通り、このクソ坊主は母親の13回忌からそれほど間を置かず、あっさりと死んだ。死因は当然のごとく、ガン。自称・正しい心で御仏に仕えていた坊主の、これが結末。これぞ御仏の思し召し。これぞ仏罰。南無釈迦牟尼仏

この住職、位だけは高かったらしく、その葬儀は全国各地から同じ宗派の偉い坊さんが集結し、盛大に執り行われたそうだ。父親も私も、この坊主に対してはネガティブな感情しか持ち合わせていなかったから、当然葬儀には参加せず、その時の様子も又聞きに過ぎないのだけれど。

さて、この住職が死んだ後に寺を継いだのは、その息子。
代替わりでどんな変化があったかと言えば、故人の愛車だったアウディ・A8が忽然と姿を消し、人が住んでも差し支えないような鳩小屋が跡形もなく撤去され、跡地は参拝者用の駐車場になった。どうやら新しい住職は、それなりに空気が読めるらしい。私の生涯で初めての、まともな坊さんか否か。

アウディはある意味嗜好品だし、世間体を考えれば処分するのは妥当だと思うけど、鳩小屋をさっさと撤去した件については、本堂新築資金を鳩小屋建築に流用した疑惑を闇に葬り去る為じゃなかろうか……などと穿った見方をしている。
それよりも、鳩小屋の住人たる鳩はどこに行ったのだろうか。解き放たれて野生に帰った? 〆られて毛をむしられて焼き鳥として供された? もしかしてチタタプされちゃった!?

これがほんとの生臭坊主。お後がよろしいようで。